春夏秋冬叢書 発行物「戦争の記憶」


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「戦争の記憶」

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聞き書き・北川裕子
写真 ・八木史子

定価 3,000円(税別)
B6判/ハードカバー/320頁
ISBN4-901835-17-3 C0395


取材は祖母の戦争体験を聞くことから始まった。
出征、死の行軍、捕虜虐待、シベリア抑留、
豊橋空襲、豊川海軍工廠被爆、兵役、
戦艦大和沈没、特攻隊、…終戦。そして戦後。
不戦の願いを語り継ぐ、
東三河の戦争体験者20人の記憶。



戦争の記憶  「東三河の戦争体験者20人」

はじめに
終戦三十年に生まれた私が、去年30歳になった。この年に、祖父母の世代の話を聞きたいと思ったのは、30年という月日を振り返れる身になってみて、その短さに驚かされるからだ。自分が生まれた昭和49年から思えば、爆音の余韻があってもおかしくないくらい、昭和20年は遠い過去ではない。そう気付いた時、背中に降り掛かる火の粉の熱さを感じたからだ。今なら、子どもの頃に繰り返し聞いた祖父母の話も、あの頃とは違う耳で、眼で、受け止めることができるのではないか…

目次
はじめに
桜の祈り 六十年目の戦争遺跡
戦争の記憶
後藤和子さん 爆撃の下の十三歳
彦坂実さん 豊川海軍工廠・見習工
森田和夫さん 友は十四歳のまま
栗田昌之さん 中学生の戦中時代
鵜飼重則さん 東京大空襲の疎開学童
吉川利明さん 戦時中の二回の大地震
山西秀一さん 戦中戦後の暮らし
藤城一子さん 焼け跡の貧困
北川ふさ子さん 特攻隊を見送って
山口幸子さん 小学生の豊橋空襲体験
近藤正典さん 大崎島の記憶
石田きみよさん 元・国鉄職員
中野たへさん 戦時下の母の想い
高林松夫さん 裸足の勤労少年
鈴木二郎さん 戦艦大和・天一号作戦
桟敷馨さん 若き将校の記
杉田智さん 元・特攻隊員
大野敏廣さん 終戦間際の軍隊生活
加藤武さん シベリア抑留から生還
鳥山博志さん ラブアン島の玉砕を生き残って
あとがき










「……あの日のことをお話ししましょうか」
 そう言うと後藤さんは庭先に目を向けて、そのまましばしの間、言葉を選ぶように押し黙ってしまった。少し陽射しの強くなった初夏のある日、後藤さんの目が庭よりもずっとかなたを見ていることが私にも分かったので、それだけでもう堪らない気持ちになる。私たちには想像もつかない苦しみから60年経った今も解放されず、悔しさも哀しみも呑み込んだ表情で、静かに語り出してくれた…


星がきれいだった夜の機銃掃射
父親の実家が渥美郡野田村(現・田原市)だったので、東京の家を焼け出された僕らは一家でそこへ移ることに決まった。ただ、学校の先生をしていた父は職場を離れるわけにいかず、一人で東京に残り、母と子どもたち三人が疎開することになった…


目の前で家が焼け崩れて
着る物でも食べる物でも「欲しがりません、勝つまでは」と我慢して、いつかは日本が勝つんだと信じていましたが、終戦間際の頃に段々と分かってきたのは、いくらラジオで「敵空母何隻轟沈、敵機撃墜」なんて言っても、アメリカの飛行機に向かって撃った高射砲が、飛行機のうんと下でバカーンとはぜるだけでかすりもしない。しまいには、飛行機が通り過ぎた後でパーンとはぜたりするもんだから、「あんなものが当たるわけない」と、私たちにも分かってきました…


サウナのように暑かった真夏の防空壕
防空壕は暑くて寒くて、本当に辛かった。冬はとんでもなく寒いし、夏は暑い。それも普通の暑さじゃない。ちょうどサウナみたいなもので、そこに服を着たまま、家族七人が一緒に入るんだから耐えられないくらいに暑かった。私はあんまり暑くて表に出たいと思ったが、親父が「死ぬならみんな一緒だ。離れてはいかん!」と出させてくれなかった…


十代の初めから家族の生活を背負って
軍隊では、寝る前に一列に並べられて、「気合を入れてやる」と言っては一等兵が端から殴っていった。平手打ちが毎晩だ。何人も殴ると手が熱くなるから、バケツに手を入れて、冷やしてまで平手打ちを続けるのが軍隊式だった…